妄想風景 総集編
2005/01/28[Fri]----そんな妄想風景
「セフィロスさん、泣き虫ですね。」
「五月蝿い。」
「おれと会うといつも泣いてませんか?」
「黙れ。図にのるな。」
「……あなたそんな図体しているくせして意外とかわいいひとですね。」
盗み聞きをしていたザックスは、「かわいいセフィロス」を想像して気持ちが悪くなった。

2005/02/20[Sun]----妄想風景
「黙らっしゃい、ぼうや。」
堪りかねた美貌の外科医の凄絶な笑顔と鋭い一言に、大尉は硬直し、内科医たちは蒼白となり、賞金稼ぎは「おほほほ…」と高らかに笑んだ。目の前にいる二人の年齢を比較した場合、『ぼうや』という呼称が妥当ではないとは言い切れない。だがしかし、この男を『ぼうや』と呼ぶには、その呼称はあまりに愛らしすぎたのである。
「ほう…。」
男がさも楽しげに口の端を歪めた瞬間、大尉と中佐と少佐は声のない悲鳴をあげながら後退する。賞金稼ぎは大佐の身に多少の危険を感じたが、この程度ならば長い人生の良いスパイスになるだろうとおのれの手をしまうことにした。実際は単にとばっちりを食らう危険を避けるためだったかもしれない。高笑いは続く。
『どうしてその手でこの男をふん掴まえてくれなかったのですか!』と哀れな外科医が叫ぶのは、また後の話である。

ていう妄想。


2005/03/29[Tue]----妄想風景
一瞬の内に銀色の凶器を生み出し、優雅かつ些細な指先の動作のみで敵を排除した目の前の青年の凛々しい立ち姿に、ルシファードはうっかりときめいてしまった。
「怪我はありませんか?」
質問の形をとってはいるが無いと確信しているだろう強気で妖艶な微笑に、心拍数は更に上昇する。
―――も、もしかしてこれが「お兄さまっ」てやつか?いやそんな甘ったるい響きじゃねぇよな。でも「兄貴」には無理があるだろ。だからって「王子様」とも違うし。…あ、これだ。
「女王様…。」
なんとなあく思考回路が伝わってしまっていたラフェール人は、あちゃーやっちまったーという表情で天を仰いだ。思っていても口に出してはいけないことというものはあるものである。そしてリトル・ルーシー、相手は選ぼうね。
直後、副官の鉄拳制裁によって超絶美形の顔面自動修復機能が役立つこととなった。あまりに美しく決まった裏拳に青年が感激したため、それ以上の追及と制裁がルシファードの身に降りかからなかったことは、彼にとって間違いなく幸運だったと言える。

という男前外科医の妄想。


2005/07/27[Wed]----妄想風景
「私の母は、いかにして上質のシルクや気に入りの白い毛皮を返り血に染めず敵を殲滅するかという命題に嬉々として挑んでいました。中でもストッキングの伝線が一番の強敵だったようで、それでも五割は戦闘直後に簡単な会食に出る程度なら何の差し支えもありませんでしたよ。」
この医師と同じ顔をした女性がシルクのドレスに豪奢な毛皮を纏い、武骨な男たちを笑顔で次々ぶちのめしていく様を想像して、一同は無言で顔を青くした。ただ、隣のテーブルで話を漏れ聞いていたエディ・マーカムのみが頬を上気させ動悸を速めたのだった。

2005/08/29[Mon]----妄想風景
「ちょっと待て。あんた今より更に細かったって言うのか?」
「私が貧弱な体つきだとでも言いたげな口ぶりですね。」
「貧弱とは言わねえけど。でもあんたの身長考えると、体重もウエストも標準値ギリか下回っていると思うぞ。」
なぜそんなことを知っている吐け今すぐ吐け洗いざらい吐け、と親友に詰め寄りたくて仕方が無かった西の豹は、外科医の非常に不機嫌な様子に沈黙を守る。
「貴方は種族間の差異を考慮していませんね。それに体格がどうであろうと、筋力持久力他諸々、標準値を上回っているはずです。そこのウサギ程度なら指2本で床から足を浮かすことが出来ますよ。」
「おい。君の意地に私を巻き込むんじゃ……っ!」
実際に指2本で吊り上げられた内科医は絶句する。
「…ぃっ、…なさんかっ、きさ、まっ!」
首根っこを掴まれた猫のように後ろ襟で吊られている内科医は、絞まった首の苦しさも相まってじたばたと暴れる。その必死な様子に外科医は簡単に溜飲を下げ、声を立てて笑いながら床に下ろした。内科医はウサパンチを適当にかわされながら強力な仕返しの方法を目まぐるしく思案している。残された二人は、じゃれるサイコ・ドクターズは可愛いなあと暢気な感想を持ちこの問題はいいかげんに終結したかに見えたが、所用で呼び出されたにもかかわらず存在を忘れられていたタチアナ・ビレンスキーが、脳内に展開させたファンタジー・トライアングルを如何にして大衆にばらまくか算段を立てていた。
バーミリオン星は今日も平和です。

2005/09/12[Mon]----妄想風景
梯子の4段目で大尉は足を滑らせた。床に落ちる寸前に髪の毛を使った超能力で身体を支えようと即座に算段をつけた大尉は傍目には呆然と倒れ込むかのように見えた。そしてそれは一瞬の出来事であったあまり隣に居合わせた外科医にも大尉の真意を量ることは出来なかった。
どさ、と音がする。そして沈黙が生まれた。
大尉と外科医は見詰め合っている。無表情で見詰め合っている。内科医はこの光景はちょっと見たくなかったと思っている。看護婦は内心小躍りするものと逆なら幸せだったのにと思うものとに分かれた。
沈黙を破ったのは大尉であった。
「力もち、ですね、ドクター。」
「ええ。」
二人はいわゆるお姫様抱っこの状態にあった。どちらがお姫様であるかは言及せずとも良いだろう。王子はそれ以上何も言わず、姫をそっと床に降ろした。
「…パーヘブ方式だと、横抱きにされる方が受けなんだよな…。」
事の衝撃から、大尉は少々混乱している。それを聞いた内科医がさも納得したように頷いた。
「やはりお前達は両面使用だな。」
「…そのダイレクトな呼称はどうか勘弁して下さいッ、ドクター!」
二人の会話に疎外感を覚えほんの少し寂しくなったいじめっこ外科医は、とびきりの笑顔で「意外と軽いのですね」と言ってやろうか言うまいか迷っていた。

2006/01/19[Thu]----妄想風景シリアス気味
あの日は雨が降っていた。これまでそしてこれからの永劫、私を苦しめるあの男を、永遠に葬り去ったあの日。あの男の肉体を葬り去ったあの日。
彼は笑んだ。息子への愛情を否定しながら特有の声音で引きつった音を立て笑んだ。血の繋がりを提示しながら情を否定した男は、それでも誰かに知って欲しかったのだ。非難と罵声を待っていた。彼は断罪を望んでいた。
私は男を哀れだと思った。彼はもうじき死を迎えるだろう。彼の息子も。彼がどれほど足掻こうとも彼の息子は死に絶える。誰に見えぬとも怪物をこの身に飼う私にだけ見えるものがあった。彼の息子は助からない。彼も同様に。
男と戦闘になる。顔色は黄緑色だ。彼は己から怪物になることを望んだ。だが我々を殺し生き残る気など端からなかっただろう。彼は諦めていた。もとより執着していなかった。同時に彼の息子という奇跡だけに希望を持っていた。それは父の誇りと驕りと、科学者の醜悪さを孕む。
手始めに大きな一撃を加えると男は人間ではなくなった。変わり果てた姿はグロテスクだ。私と同じ。成る程怒りに我を忘れた私はこのように見えるのかと乾いた感想を持った。化け物だな。成る程。成る程。鬱陶しい雨だ。
銃を撃ち放しながらぼんやりと考える。ぼんやりと出来てしまう隙を男だったものは作っている。彼女の銃が視界に入った。彼は彼女を愛していただろうか?先ほどの言いようではとてもそうは思えない。彼女を道具のように。いいや違う。分かっているはずだ。彼は愛していた。心から彼女を愛している。そして彼女は哀れんでいた。私への幾許かの好意など軽く凌ぐほどに、彼を深く哀れんでいる。今もどこかで。
男がまた姿を変えた。先までより幾らか優美な曲線を持った姿をしている。彼の究極の形だ。それでも彼は死に逝く。私は残る。時を越え私と彼女は変わらぬまま、彼だけが老いる。死に逝く。彼だけが。恨み言を言う甲斐も無い。彼女の銃を撃ち放す。
もう少し考え事がしたい。この戦いは私を酷く感傷的にさせる。これほど心はなまぬるい血のように淀んでいるのに、表面は熱く、内面は寒い。それは切ないほどに。単調な物理攻撃を繰り返していると、男の名残すら見えない物体から連続の打撃攻撃を受けた。だが彼の攻撃には必死さが無く、隙があり、退屈だ。愚鈍でもある。護衛の割に隙だらけだと彼にからかわれた記憶が押し込めた心の奥から引きずり出される。その度反論しては更にからかわれた。そんなこともあったのだ。そんなこともあったのだ。彼女は快活に笑っていた。彼も、そう、私も。
そのままあっけなく、いつの間にか、彼の生は絶えていた。私と彼女を嘲笑うように。男だった残骸を見つめ、私はつい一言、ずるい、と、呟いていた。隣にいた青年は気付いたようだったが何の言葉も発することはなかった。髪に含まれた雨水が流れ唇から口腔に入り込む。塩辛い。

なあ。私はお前を哀れんでいる。つい先ほどまで憎んでいた。だがそれよりも以前、昔と言って良いほどに以前、お前を本気で嫌うなんてことはなかった。お前とあのひとと私とですごした毎日はとても楽しかったよ。私にさえ、お前にさえ、笑い合ったときがあった。封じ込めた眩しい思い出の日がたった今目の奥でかがやく。死んだお前が思い出になる。旅を共にした仲間が言ったんだ、人間は何と多くのものを自分の中にしまいこみ、何と多くのことを忘れてしまえるのかと。忘れていたよ、お前のことを。私は本当に忘れていたんだ。
お前はビーカーで飲む酒と、辛辣でくだらない冗談が好きだった。脆かった。傲慢だった。夢見がちだった。いつも感情的だった。よく笑いよく泣きよく怒っていた。あのひとにだけ優しかった。お前はずっと私やあのひとのことを覚えていたのだろう?だから苦しんでいたのだろう?そんなばかなことをしたのだろう?この私が哀れに思ってしまうほどにお前は。

私の知る男の姿はもうどこにも無く奇妙な物体が転がっている。唾と雨水を吐いた。

「永遠に眠れ。」


2006/01/23[Mon]----妄想風景
私が宝条という男を知ったのは自分の23歳の誕生日のことだった。正確に言えば彼という人物は知ったが、彼が神羅製作所の研究員であることを知るのはもう少し後の事だ。初対面の彼はまさか学者さまであるようにはとても見えなかったのだ。…否、訂正しよう。いつ如何なるときも奴が学者に見えたことはない。
私は安価な事のみが売りの薄汚れたディスカウントショップで、あまり美味そうではないスイスロールと安っぽいパッケージの缶チューハイを2本買い、一人で虚しい誕生日を過ごすために自宅への道を歩いていた。ささやかな庶民的贅沢も味わえないほど金銭的に侘しいわけではなかったが、如何せん私は友人関係が非常に侘しかったため、一人で豪勢な料理に囲まれる勇気はなかったのである。合計金額三〇九円(税込み)の誕生日は今の私に実に相応しい。昨日の残りの黄味を帯びかけているだろう白米を炒飯にして食べるかオムライスにして食べるかというせせこましい思考に囚われていた私は、就いたばかりの自分の役職を完璧に忘れていた。ゆえに目の前を通り過ぎる神羅製作所の成金趣味な車に気付かない事も無理はなかった。…と、私は思いたかったが、実際には私が間抜けであった以外の何でもない。そのガソリンで動く神羅所有の自動車には我らが社長プレジデント・神羅と、彼に見出されたとある鬼才が同乗していた。
「きみ!そこの!タークスだろう!待ちたまえ!」
無駄に鮮明な記憶を辿ればケチャップの賞味期限が近かったのでオムライスにしようと決めた丁度そのとき、はりのある、しかしどこか野蛮な印象を受ける声が私にかけられた。
「タークスの…そう、バランタイン!」
惜しい。
社長が末端のしかも新入社員の名前を覚えていなくても致し方ないかもしれない。しかし神羅製作所という名の兵器製造を主な生業としたこの会社は、それなりの利益を上げながらも現在社員の数は30名に満たなかった。下手をするとその半分ほどだ。製造そのものは量産型の機械を導入し、研究と開発を少数精鋭の人材で賄っているためである、のだそうだ。実際のところは私には計り知れないが、悪どい裏事情がありそうだとは思う。まあ末端の私には関係ない。そしてその末端の私に悪どい社長が声をかけてきたのだから、貧乏性な私生活から否が応にもおのれを引き剥がさなければならなかった。
「これは、プレジデント。奇遇ですね。どうなさいました?」
私とニ、三歳ほどしか年の違わぬこの社長は、胡散臭いほどの爽やかさを振りまく遠くから見れば好青年だった。やたらとつやつやした頬で笑みながら彼は言った。
「これから何か用事はあるかね。」
「こ」
「無いだろう。無いな。よし乗りたまえ。食事でもしようじゃないか。」
神羅氏は強引な男だった。相手の都合を考えた上で敢えてそれを無視し、自分の思惑を押し付けることに喜びを感じるのだそうだ。九割の社員はそれを知っているだろう。そしてとても残念なことに、私は彼をそう嫌ってはいなかった。こうして私は大した抵抗もせずに(したとしてもさして成果は無かっただろうが)、己の破滅の具現となる男との初対面を迎える事となった。
招かれるままに車に乗り込み、私はようやくプレジデント以外の先客を視認した。そして不覚にも胡瓜と間違えて苦瓜を食べたような顔をしてしまった。(補足すると当時の私は苦味の強い食物を不得手とした。今も得意とは言い難い。)
その先客を簡潔に形容するに相応しい単語を見つけることは困難だった。
とりあえず、その人物は男性だった。それは釦のついていない模造毛皮の上着から覗く素肌の胸元から最も明らかに伺えた。白いふわふわとした上着の長い袖から僅かに伸びる指は心配になるほど骨ばっていた。同じくあばらも浮いている。細い黒のレザーパンツはこれ以上無いほど骨と皮しかないように見えたし、15cmはあろうかという踵の高いブーツの中で足は泳いでいる。黒髪は不揃いで肩より幾分かは短かった。そして視覚的に私が何より衝撃を受けたのは、その男が化粧をしていたことだった。瞼は濃い藤色で、眼の周りは舞台役者のように黒く縁取ってある。肌は白いというより青く、血の気の無い頬は素肌のように見えたが、同じく血の気の無い唇はわざと白く塗っているようだった。まじまじと不躾な視線を送った私にその少年、いや青年かもしれない、彼は黒い眼を細め殊更ゆっくりと口角を引き上げた。
「ヴィンセント・バレンタイン。先月十日より総務部調査科勤務。四〇年一〇月一三日生まれ、ミディール地方出身、ミッドガル市在住。顔は中々キレイだがまあ俺としてはどうでもいい。しかし手が実に美しいな。左手などは特に俺好みで欲情してしまいそうだ。要らなければ俺にくれないだろうか?」
「…左は利き腕なので、勘弁して頂きたい。」
嗄れた囁くような声の話すあまりの内容に私は漸くそれだけを答えた。しかし困惑した私を余所に彼の舌は暴走を続けた。
「ほう。確かに君の左手の美しさは純粋培養の甘やかさとは縁遠い鍛えられた凛々しいものだ。だが掌が薄く広い。指はしなやかに長い。俺は女の手よりも男の手に美しさを感じるが、君の手には本当に一目惚れしてしまったよ。ほう、ほう、その手であの武骨な銃を扱うわけだ。実は俺はあまり銃器の類を好かないのだけれどね、君の左手に握られるそれならば愛することすら出来そうだ。ねえヴィンス。ああ、そう呼んで構わなかったかな?俺はまだ学生で年齢も一つ下のようだが君はそんなことを気にしたりもしないだろう?」
言葉を挟むことが出来ずそれまで傍観していた私は、返答を促され漸く口を開くことが出来た。といってもたった一文ではあるが。
「そちらは私の略歴に詳しいようだが、出来れば私の愛称の話題の前にそちらの自己紹介を願いたい。」
「ああ、ああ!すまなかった、あまりに理想的な手指に対面してつい興奮してしまったようだ。俺は…そうだな、皆は博士と呼ぶが、固有名詞ならばまあ宝条とでも呼んでくれ。さっき言ったとおり22歳の学生だ。君に少々興味があってね、プレジデントに強請って情報収集をさせて頂いた。きっと君とは長い付き合いになるだろう。これから宜しく。」
左手を出されたので、反射的にこちらも左手を出していた。混乱した頭と背筋に悪寒が走るような握手で以って、私と宝条の交友は始まってしまった。

(第二章に続…かない…)


2006/02/20[Mon]----妄想風景
薄紅色の空が照らす真珠色の肌は見たことがないほど美しかった。触れたいという誘惑に負け、ルシファードは何気ない動作を装ってするりと手を伸ばす。それは青年の冷たい髪をすくい、一瞬固まり、そしてそのまま硬い軍服に覆われた肩を引き寄せた。
「…どうしました…大尉…?」
らしくなく小さく震える指に、青年は気付いてしまった。そして彼もまたおのれの震えるくちびるを悟られまいと奥歯を噛み締めていた。二人はお互いのぎこちなさに気付きながらそれでも、気付いていないフリを続け、気付かれていないフリをした。
「また、明日な。」
離れてゆく指と残酷なほどに優しい微笑みに、青年は奥歯を噛み締めたまま目を細め手を振った。

* * * * *

「…あのう、大尉殿、もしやこれは…。」
「私もついに作家デヴューってところかしら。」
「…軍病院は禁猟区という不文律、ご存知ですよね?」
「あら、何を言っているの。軍病院に関わる固有名詞なんて出していないわ。」
「え、でも…は、肌の色とか…」
「そんなの比喩表現じゃない。『紅薔薇の頬』と同義語よ。」
そして100ページに渡る爆弾が投下されたのは、翌月のことだった。


2006/03/15[Wed]----妄想風景
外科医は唐突に切り出した。
「そういえば貴方、幼い頃にしばしば女装をしていたそうですね。」
「うわーちょっと!何であんたにまで伝わってんだよっ。ニコルか?ライラか?それともベンか?」
しかも『しばしば』とは何だと憤慨する大尉に、彼らはそれぞれ大きく首を横に振った。
「オスカーシュタイン少将から伺いました。」
にっこりすてきな笑顔を見せる外科医に、大尉は崩れ落ちた。
「それはさぞ愛らしかったろうと熱く語りましたら、快く画像まで提供くださいましたよ。素敵なお父様をお持ちですね。」
大尉はますます深海へと沈んだ。いつだったかこんな話をしたことがあったような気がする。こうやって自分の恥ずかしい姿が小出しに外科医へ伝えられていくのだろうかと、遠い瑠璃宮にやるせなさをぶつけた。
「こんな愛いりません、お父様…。」

2006/03/17[Fri]----妄想風景
相方がいつもの調子で自分妄想ワールドへ飛び立ってしまったため一人残された彼女は、事務所内のベンチで奪われた体力を回復していた。好んで飲んでいるサプリメント飲料をペットボトルの半分まで飲んだあたりで、遠くからざわめきや女性の嬌声が聞こえてくることに気が付いた。この事務所に所属して随分経つので、彼女はざわめきの正体に瞬時に見当を付ける。ざわめきは徐々にこちらに近づき、その中心となる男が視覚で認知できるほどになった。実力派人気俳優である男は辺りをきょろきょろと見回し何かを探しているようで、は、としたように彼女と目があった。そのまま男はまっすぐ彼女に近づいてきた。
「あの、も………。………?」
彼女はここで相方の名前が続くのだろうと思った。大方その少女の現在位置を知りたいのだろう。しかし男は軽く眉を顰めそのまましばらく固まっていた。
「何ですか?」
30秒ほど待った後に彼女が促すと、更に十分にためらった後に男は言った。
「………………君の本名はなんと言うんだったかな?」
男は幾度か面識のある彼女の本名を忘れているようだった。名乗ったような覚えはあるが、そう頻繁に連絡を取ったり会話をしたりしているわけではない。そして大抵の場合隣にいる相方が彼女にとって非常に不本意なあだ名を呼び続けているため、男は彼女の本名を意識していなかったのだろう。そこで先ほどの「も………」の続きが、自分のあだ名であったのかと気が付いた。紳士的だと人気のある男はそのふざけたあだ名を彼女が気に入っていないことには気付いていたのだろう。そう考えれば確かに紳士的で優しいのかもしれないし、申し訳なさそうな表情は世の女性が何でも許してしまえそうな柔らかさだ。しかし「も」と言いかけたらアウトなのではないだろうか。
「琴南です。」
「ごめん、琴南さん。」
「いいえ。それで何のご用でしょうか?」
「ああ、そうだ。最上さんを探しているんだけど…。」
「あの子ならさっき、帝王の邪気を感じる〜とか叫びながら。」
ぴ、と後方を指す。
「あの非常階段の方に。」
「そうか、ありがとう。助かったよ琴南さん。」
すたすたと長い脚を活かし颯爽と去り行く実力派俳優を見送りながら、何だ結局相方探しで合ってるじゃないかと彼女は思った。

2006/05/17[Wed]----妄想風景
ルシファードは「まさか」と思った。
その日は他人に告げるのが少々憚られるほどにごく個人的かつ照れくさい記念日だった(憚られるが故に記念日の内容についてはここでは割愛させて頂きたい)。正直に言えば「ちょっとパーヘブ入ってるかもしれない」と自分でも思っていたが、それでもその花が何より彼に似合っているとルシファードは思い、深紅の薔薇のみを50本包み黒いレースをかけて彼へ贈った。花束を抱えた彼は驚き、驚きついでにルシファードのビジュアルについての感想を述べ、素直な喜びを表した後に軽くからかいの言葉を弄んだ。その姿はルシファードにもささやかな幸いを与えた。ここまではルシファードの予想通りであり、予想の範疇であった。
ルシファード・オスカーシュタインは大変高貴な血統を持っている。しかし彼は血筋や審美眼を持っていても無粋な軍人であり、薔薇の花の用途などそう深く考えては居なかった。貰った切り花は花瓶に生けるのが無難で礼儀のある主な対応だろうという認識がある程度だ。そして目の前の同い年ほどの青年に見える宇宙妖怪Sは、出自や血筋は不明だが確かに「貴族」だった。血筋だけの王子などでは太刀打ちできない「貴族」だった。
薔薇の花弁を、むしっては湯船へ放り、むしっては湯船へ放り。
「…いつもそんな風呂入ってるわけじゃないよな?」
「いいえ。生花は貴重ですからね。普段は水溶性の模造花ですよ。」
―――…そうなんですか、普段は模造薔薇風呂に入っているんですか…。
「…やっぱ俺ヤダ。」
「おや。約束でしょう。一緒に入ると言いましたね、先程。」
「だってーそんなおタンビーな風呂入りたくねーよー。」
「…オタンビー…?」
―――…俺の言ってることわかんないのかなあ…。言葉の意味っつーより薔薇風呂に入りたくない理由がわかんないんだよなあこれ…。
宇宙妖怪の常識にうっすらと気を遠くしながら、ルシファードはふとある事を思い出した。しかしそれがこの場では言ってはいけない事だと言う事は思い出せなかった。
「あんた、紅茶にも薔薇の花びら浮かべたりとかする?」
「ローズティーですか?ええ、気分が向いたときには。」
腹筋を総稼動して笑いの衝動を押さえたルシファードは、ああこの人は天然のパープル・ヘブンなのだといっそ開き直る事にした。実際『薔薇の花びらを浮かべた高貴な香りの紅茶』はこの人に実に似合う事だろう。太腿に薔薇の刺青を入れるのは(傷を作ったはなから再生してしまうため)無理があるが、バラの風呂ぐらい耐えて見せなければ彼に付き合ってなど居られないのかもしれない。もしかすると首筋に深紅の花びらが貼りつく扇情的な姿も見られるかもしれないという下心のもと、のろのろとルシファードは恋人(未満?)のカフスに手をかけ、一大決心の入浴準備を始めた。

という多分バスルームの経緯。


2006/07/29[Sat]----妄想風景
沈黙した二人を薔薇の香りが包む。
「あ。」
「あっ…。」
蓬莱人は反射的に頭を垂れ瞼を伏せた。この規格外の男には媚香と瞳の併せ技がタブーなのだ。
「すみません。こんなつもりは、無かったのですが。」
「えと、じゃあ、今のは無意識なんだ?」
「…はい。貴方のことが…とても好きだなあと、思いましたら…。」
率直なサラディンの物言いに、珍しくルシファードは頬を紅く染めた。しかし淡く焔の揺らめく瞳を瞼に隠したサラディンは、残念ながらその姿を見ることは叶わなかった。
「…あんた、天然だなあ。」
「それは侮辱と受け取っても宜しいのでしょうか?」
「うんにゃ。どっちかつーと褒めたつもりなんだけど。」
少々剣呑になった蓬莱人を宥めるためか、媚香によって落ち着かない指先のためか、不意を突かれた率直な言葉のためか、ルシファードは白衣の肩に頬をうずめキスをした。

2006/11/07[Tue]----妄想風景
「ルシファ。ネクタイも確かに萌えるけれど、ドクターのイメージには合わなくてよ。今度目隠しをする時には是非黒レースを使ってちょうだい。」
言葉に出来ない喚きと弁解を頭の中に駆け巡らせている宇宙軍の英雄は、チ・ラ・リ・ズ・ム〜と響くお得意のオペラ口調をなすすべも無く見送ったのだった。

2007/02/12[Mon]----妄想風景 の一部
あの頃僕は子供だった。自分のことを特別な人間だと思っていた。僕がその気になれば出来ないことなど何一つ無いと思っていたし、僕がその気になれば成れ無いものは何一つ無いと思っていた。手に入らないものも。何一つ無いと思っていた。あの子のことも。
しかしその意味で僕は今でも子供だ。どこぞの小悪党にあっけなく殺された僕はまっとうな『大人』になれなかった。どのみちそのまま生きていても僕は子供のままだったろう。なぜなら僕なのだから。そしてあの子は僕の手の中にあったと今でも疑いすらしない。なぜならそれが真実だからだ。

僕にはあの子がとても美しく見えたけれど、まあそれは僕の目が腐っていたからだということは重々承知していたつもりだ。その頃周囲のあの子の容姿への評価は「陰気で不潔なやせっぽち」といった明らかなマイナスイメージだった。実際僕もそう思ってはいた。だけれど僕は、あの子の長い指と薄い唇にエロチシズムを感じ取るような実に嫌な子供だった。あの子の四方にみだれる睫毛に庇護欲をかられ、狭い肩幅の神聖性に頭を垂れ、細すぎる腕に嗜虐欲を煽られた。ずるずると引きずられる黒い重いローブに隠された四肢を思うと、僕は色々な気持ちが綯い交ぜになってしまって、それは必ずしも好意ばかりではなかったけれど、それほどに惹かれていたのだ。
いつだったか、あの子の髪に触れたことがあった。「もう何ヶ月も洗っていない」と噂されているほどだったその髪は、実際洗っていなかったのだろうごわごわした妙な感触だった。だが時を経ても僕はその奇妙な感触がなぜか忘れられず、言ってしまえばそれが未知の快感であったように感ぜられていた。僕はそれが自分の中の情欲ゆえに理想化された感覚であることに気付いていたので、以降あの子に触れることは無かった。接触すればこのナルシシズムに酷似したエロスは消滅し、不快な自己嫌悪とあの子への侮蔑が残るだろう。その意味で僕は頭が良かったのだ。夢幻を壊すことなく存分にあの子の夢を作り上げていった。
無論、無論僕はあの子に触れたくて仕方がなくなった。僕の理想なのだ。僕が作り上げ僕が成熟させた僕の理想は、あの子の姿をして瞼の裏に寄生している。現実のあの子とこの妄想がかけ離れていることは理性で承知していた。だが時折、本能が意識を征服する瞬間がある。その一瞬にあの子を思いのままにしてしまうということはついぞ無かったが、その代償に暴力衝動としてしばしば僕を悩ませた。ブーツの底にあの子の喉の感触を感じるときが、僕の現実の中でもっとも陶酔を感じる時間だった。あの子が細く息をつくのが皮一枚を通して僕の足に伝わり、視線を少しずらせば苦悶の表情が見つけられる。あと少しだけ体重をかけるとどうなるか夢想する。あの子の命を握っているという錯覚に、僕は魅せられ興奮していた。それが顔に出たのだろう僕を見て、あの子が酷く汚い言葉で侮蔑の言葉を吐く。その表情が、かけ離れているはずの僕の中の理想とどこかで微かに交わり、そして僕は夢と現実の区別がつかなくなるのだ。
それでも僕は死ぬまであの子に触れなかった。触れることが出来なかったのだ。理想の崩壊への恐ろさのあまりに。
あの子は僕の神聖であり、肉欲であり、友情であり、仇敵であり、虚無であり、世界だったのだ。

あの子と初めて会ったのは、11歳、城を目前とした渡し舟の上だった。


2007/02/14[Wed]----妄想風景
傲慢な男は青年を「自分のもの」だと思っている。思い込んでいる。かのうつくしい人の心は実際男のものでありその心が離れる事は永劫に近い時の中ありえないことだろう。しかし男は自分の傲慢さに気付かず、青年から与えられるだけを受け取り時に無意識に奪い取り蹂躙しそして野生の肉食獣のように満足している。少年のような笑顔で。青年は男から幸いを受け取っていると言うだろう。それは間違いではなく確かに青年は心を明け渡した男に寄り添い幸せそうだ。
よく知らぬ者から見れば彼らの関係は仲の良い友人だと言える。変わり者同士気があったのだろうと多くの者は言う。少し近づいて見れば、恋人同士のように見られる。彼らは同じ家に住み食し眠っている。絡まった視線や指先に意味がある。なんでもない接触に色香が漂う。男は尽くし青年は愛おしそうに微笑む。
しかし二人の関係は青年の一方的な愛情と男の独占欲で成り立っている。青年は愛を告げる。唇で舌で歯で指先で瞳で肌で温度で心から。男はいらえない。少年のような笑顔で。青年は告げる。男は無言で笑って見せる。心の奥底で理性と情欲とが天秤にかけられどちらにも傾かぬまま、関係を崩す嵐を恐れその臆病からやはり男はいらえず笑う。やがて男は傲慢になる。自分に愛を告げ愛を告げ愛を告げ。いらえないおのれにきっと傷つき傷つき傷つきながらも幸せそうに微笑む青年は、自分が自由にしてよい自分のものであると錯覚する。錯覚ではあるが青年はそれを甘美な誘惑として受け入れる。男は益々独占欲を深める。青年にはいらえぬままに。怒り苦しみ悶え憎しみすら抱きながら青年は男の独占欲を愛している。そして男の独占欲は確かに独占欲でしかなく、「おきにいりのたからもの」に執着する子供そのものだった。

という、あるカップリングについての穿った見解。


2007/02/20[Tue]----妄想風景
ルシファードはいつだって、その真珠のような肌に触れたいと思っていた。この二つの掌でさらさらと流れる絹糸のような髪の毛ごと彼の頬を包み込み、日焼けと縁遠い白磁の額に額で触れ、鼻をすり合わせながら、また掌を頬から繊細な顎へ首筋へと這わせたかった。いつも堅く着込まれ着崩されていない彼のネクタイやシャツを優しく強引に剥ぎ取って、鎖骨からなめらかな肩へ胸板へ執拗に愛撫してやりたかった。薄い色の瞳を一瞬もそらさず見つめながら、くちびるを触れ合わせ抉じ開け、歯列をなぞり辿って、舌を吸い上げ口蓋を蹂躙しつくしてしまいたかった。
それでもルシファードは、動かなかった。動けなかった。
「オスカーシュタイン大尉……。」
思い余って席を立ち歩み寄ったのは、青年の方だった。
「く、るな。来るな。」
ルシファードは、眉根を寄せながら苦しげに拒絶の言葉を吐く。しかし逃げるそぶりは見せず、じっと青年の瞳を見つめながら、まるで待っているかのようだった。
「…今、俺の側に寄ったら、あんたの身の安全を保障しない。」
「大尉…。」
「俺は、来るな、と言ったぞ。警告はした。あんたの身に何があっても自己責任だ。」
「大尉っ…。」
青年は、まっすぐとルシファードの前に立つ。カウチに座るルシファードは見上げる形になった。青年は、ルシファードの頬に手を伸べた。
「触れるな!」
びくっ、と、突然の大声に、肌と肌が触れ合う直前に青年の肩は揺れた。
「触れたら、本当に、補償しない。絶対に、何があっても。」
「大尉。」
「あんたが自分から、俺のところに落ちてきたんだ。後悔してもできない。」
「大尉、もう。」
「あんたが泣いても喚いても知らない。絶対に、逃がさないっ…。」
「…ルシファードッ…!」
そう呼んだ瞬間、いつの間にか床に膝を付いていた青年は、ルシファードの手を取り、そうして肌が触れ合った瞬間、ルシファードは青年を巻き込んでカウチに倒れこんだ。
ルシファードは今夜、いつだって触れたいと思っていたその真珠のような肌に、初めておのれの痕跡を残すのだ。

* * * * *

「えっ、あれ!?ここで終わりなんですか!続きは来月!?」
「ええ。」
「ちょっとーちょっと大尉殿〜!イケズ!ひどい!ここまできたら、せめてチューくらい見せてくれないと!」
「いいじゃない。パープルヘブン史上最長1年間もプラトニックを貫いた彼らに、もうひと月くらい清い関係続けさせてあげたい親心なのよ。」
「それにしてもよく1年間も、『真珠色の肌の彼』で通しましたね、大尉殿…。」
1年前に投下された100ページの爆弾は、禁猟区を侵しても尚損なわれなかった煩悩と創作意欲で以って、きっちりと1年間に渡った。毎月欠かさず、誤爆や不発弾などという愚も犯さず、内容に反して連載は実に堅実に行われた。そしてついに1200ページ目、彼女たちの『ルシファード・オスカーシュタインとその思い人』は念願を成就させ、彼らを見守った基地中の女性と一部男性から、それは歓喜を持って迎えられのだった。ちなみに本人たちは何の憂いもなく爆笑しながら読んでいる。


2007/06/13[Wed]----妄想風景シリアス気味
「―――どうした?」
おかえり、と言うのも忘れて男は尋ねた。帰宅した青年は明らかに様子がおかしい。普段はゆるく笑みの形を作る赤銅の薄い唇はきつく結ばれ、焔の瞳は熱を失い冷たいガラスを思わせた。華やかで強靭な彼の気配はどこにも見られず、儚く頼りなく手を差し伸べてやりたくなってしまう。部屋の主である青年に鍵を渡されている男は、休暇の前日から泊り込み、夜勤明けの彼の朝食を作っているところだった。帰宅する青年はきっと、ドアを開けると同時にいつものような酷く幸せそうな笑顔で「ただいま」と言うだろう、そして幸せを噛みしめるように自分の作った朝食を食べてくれるはずだ。そう、思っていた。
「いいえ。ただいま、ルシファード。今日のメニューは何でしょう?」
「…おかえり、サラディン。本日の朝食はチキンと香草のサンドイッチと、きのこのオムレツ、シーフードのスパゲティサラダ、クラムチャウダー、アボガドのジュースとなっております。」
「空腹で倒れそうです。準備をお願いしても良いですか?」
「ああ、着替えて来いよ。今日はオムレツがオススメ〜。」
痛々しい微笑を浮かべた彼に、ルシファードは精一杯の笑顔を見せた。

本来ルシファード・オスカーシュタインは人の心の機敏に疎い。こと恋愛感情については疎いどころの話ではない。故に現在優雅な手つきで朝食を片付けていく青年の好意に、明確な愛の告白を受けるまで全く気付かなかった。青年は手を変え品を変え様々なアプローチを送っていたが、からかわれているという認識以上のものが男にはなく、違和感は感じながらがらも「友人」のカテゴリーに青年をおさめていた。男はちらりと青年を見る。今朝の彼はおかしい。きっとルシファードだけでなく、彼を知る誰もが気付くだろう違和感がある。明らかに覇気がなく、普段の彼からすると弱々しいとすら言っていい。そして本来ルシファードはそんなサラディンを見かけたら、相手の気持ちを量らずに心を揺さぶり抉り出してその理由を聞き出すだろう。青年に執着心を持ちながら、優しさでそれを包む器用さを持てないからだ。それに反して今日は易く引き下がった男は、その理由について自己の考察を試みる。『封印』が解けてからというもの、男は多少繊細な感情らしきものを取り戻した。他人から変化は見られないだろうが、本人は感情の高低差から多大な精神的疲労を感じ、それと同時に日々のすばらしさを感じていた。その大きな要因の一つは目の前の美しいひとによるものだ。そして今の彼を見て、また大きく感情が揺れている。青年の異変についてと、それだけではない澱が男の胸に蠢いている。こういった心理面での不可解な問題は、姉のような親友の副官に相談していたが、最近はその回数も少なくなってきていた。またちらりと青年を見る。
「サラディン、おいしい?」
「もちろんです。あなたの作った料理で美味しくなかったものなどひとつもありません。おすすめというだけあって、このオムレツは今まででも5本の指に入りますね。」
「そりゃ良かった。作った甲斐あったよ。」
またらしくなく、青年の笑顔に男は応えた。そして澱は溜まっていく。青年は出会った当初こそ男に警戒し、やや虚勢を張った部分もあったが、最近では小さな弱さをさらけ出してくれていた。それを男は世界中で自分だけに許された特権のように思い、誰に対してかも分からない優越感と喜びを見出していた。それはまた男に馴染みのない感情で、気分がよく、誇らしくもあった。ところが今日の青年は、誰が見ても分かる程に弱っていながら、それを自分に隠そうとした。何事か、があった事を隠す事など出来ないだろうと青年にも分かっているだろう。それでもなお、何もないよう振舞おうとする青年に、男は何を言う事も出来なかった。それはサラディンの示す拒絶だった。そう意識した途端にルシファードは無表情で酷く狼狽し、胸に痛みを感じた。傷ついたという表現が妥当だろう。しかしそれは今までにないほどの痛みだった。障壁を失った彼の感情は痛みもダイレクトに伝えた。拒絶、とルシファードは心の中で繰り返す。青年の拒絶に男は怯え、それ以上踏み込む事が出来ないで居たのだ。彼の心に踏み込み、もし拒絶を重ねられれば、傷は増えるだろう。男は人間らしい自分の弱さに苛立ちを感じた。しかし感情を封印されていた自分と違い、どんな人間でも傷ついた痛みや、それを恐れる心を持っているのだ。愚かに自分の痛みを回避することも出来るだろう。彼の痛みから目を逸らし自己の考察をしてみる逃避行動などを。このまま、サラディンの痛ましい笑顔に、出来る限りの朗らかな笑顔を向けながら、抱きしめて髪を撫でて、眠るまで彼を見つめる事も出来る。やがて青年は立ち直るかもしれないが、このまま心を閉ざしてしまうかもしれない。それはどうしても嫌だった。またもし普段の彼に戻って、自分への態度が変わらなかったとしても、彼の痛みに自分が関われない事が、悔しくて歯痒い。それ以上は踏み込めないものだという壁が出来てしまう。これからずっと、一緒にいるのに。封印が解ける以前のルシファードならばそんな事にも気付かずに青年を揺さぶっただろう。自分の痛みにも気付かず、また青年の痛みにも気付かず。しかし今のルシファードは、問いかける事に勇気を要し、青年がその問いに戸惑いやもしかすると傷つく事を予想する事が出来る。そして彼から拒否の言葉が口にされた時、おのれも青年もが胸に痛みを受けることを知っている。

「サラディン」
風呂上がりの青年を、軽い調子で男は手招いた。先ほどよりもやや、顔色がよく、雰囲気が明るいように感じられる。それでも普段の大輪の花が綻ぶような、極彩色の鳥のような気配の彼からは明らかに精彩を描いていた。青年はまた、ゆっくりとどこかぎこちなく微笑んだが、ルシファードは表情を変えなかった。3人がけのソファにやや距離を保って腰を下ろした青年の肩を半ば力任せに引き寄せたルシファードは、青年の頬を両手で挟み、親指で目じりをほんの少し引っ張った。青年の目はやや下がり気味の妖艶な形をしているが、目じりを引き上げた事で艶よりも凛々しい印象が強くなる。強引さに驚きながらも、いい様に扱われている事に不満そうな青年を気にも留めず、押さえた目じりに唇を落とした。不満気ながらも甘んじてくちづけを受ける青年に、調子に乗った男はいくつものくちづけをあちらこちらへ撒いてゆく。広く滑らかな額や、眼球が動くたび小さく震える瞼、細い眉、小さく尖った鼻の頭、唇の端、柔らかな頬。男はそしてひんやりとした耳朶を軽く食んだ。耳の裏から首筋へそのまま唇を滑らせれば、青年を陥落させてしまえる事が男にはもう分かっている。そしてそれは、青年と共におのれが堕ちる時だという事も、分かっていた。耳にかかる吐息に身を硬くしている青年は、ルシファードの葛藤に気付いていない。『何も聞かない優しさ』は確かにあるだろう。どうしても人に知られたくない悩みや、過去や、心の淵を。そしてサラディンにはきっと聞かれたくないことが多い。知り合ってから今までに答えをはぐらかされた事も多くあった。その時無理に追求する事などなかったが、今はそれを全て暴きたててしまいたい。彼のことで何一つ知らないものがないように、何もかもを暴きたててしまいたい。誰よりも彼の事を知って、誰よりも近くに、そして誰よりも彼に優しくして、誰よりも必要とされたい。ルシファードがそう正直に、率直な言葉で以ってサラディンへ伝えれば、彼はきっとそれに応えるだろう。拒絶されても、何度でも、彼が折れるまで続ければいい。それこそ彼が陥落するまで。彼が自分に好意を寄せている事を知りながらそんな手管を用いるのは卑怯かもしれない。だが卑怯が何だというのだと男は開き直る。やっと普段の俺っぽくなってきたなと思いながら、男は青年の腰をきつく抱きしめ、胸に顔をうずめてその身を押した。青年の倒れた胸元からくぐもった声で問いかける。

「何があった…?」